【窓】 『こころのチキンスープ2』

【窓】

『こころのチキンスープ2』(ダイヤモンド社)にこんな話があります。

『窓』

 ある大きな病院の小さな病室で、重い病気にかかった二人の男が寝ていました。このちっぽけな部屋には、外の景色が見える窓がただひとつあるだけでした。
 その窓のそばで寝ている男は、毎日午後になると一時間だけ、ベッドの上で上半身を起こすことが許されていました。肺にたまった水を出すためです。
 しかし、壁際の男は起き上がることもできず、いつもあお向けに寝ていなければなりませんでした。

 毎日、午後になって身体を起こす時間が来るたびに、窓際の男は寝たきりの男のために外の様子を話して聞かせました。
 窓からは池のある公園が見えます。子どもたちがあひるや白鳥にパンを投げ与えたり、おもちゃのボートを浮かべて遊んでいます。
 若い恋人たちが、手をつないで樹の下を歩いています。花は咲き乱れ、青々とした芝生が広がり、ソフトボールを楽しむ人たちもいます。その向こうの木々のあいだからは、ビルが建ち並ぶ街の風景も見えます。
 寝たきりの男はこうして、ひとつひとつの話を心から楽しみました。もう少しで池に落ちそうになったり子どものことも、サマードレスに身を包んだきれいな女の子たちのことも聞きました。
 それを聞いているうちに、いつしか外の光景を自分の目で見ているような気分になったものでした。

 ある日のこと、寝たきりの男の脳裏をひとつの思いがよぎりました。
「なぜ、あいつだけが、外の景色を見る楽しみを与えられているんだ?俺にだって……」
 彼はそんなことを考える自分が恥ずかしいと思いましたが、その考えを打ち消そうとするたびに、ますます不満がつのります。窓側のベッドに移るためなら、何でもしてやるぞとさえ思い始めたのです。
 ある晩のこと、寝たきりの男がいつものようにぼんやり天井を見つめていると、隣で眠っていた男が突然目をさまし、ひどくせき込み始めました。息をするのも苦しそうです。男は看護婦を呼ぼうと、枕元のスイッチに必死で手を伸ばそうとします。
 寝たきりの男は、そんな様子をただじっと見ていました。隣の男の呼吸が止まってしまったのに気づいても、何もしませんでした。
 朝が来ました。看護婦はその男が死んでいるのを見つけ、静かに病室から運び出しました。

 寝たきりの男はほとぼりが冷めるのを待って、窓側のベッドに移してくれるように頼みました。
看護婦たちはその望み通り彼を隣のベッドに移し、気持ちよく眠れるようにと毛布をきちんとかけ直してくれました。
 男は彼女たちが病室から姿を消すとすぐに、痛みをこらえながら、片ひじをついてやっとの思いで身体を半分起こしました。そして窓から外を見たのです。

 そこには、灰色の高い塀が張りめぐらされているだけでした。

                         『こころのチキンスープ 2』より


 この話とほぼ似た話を田中信生先生(米沢興譲教会)がされています。ただちょっと違うので、ご紹介したいと思います。

 その病室は2人ではなく、5人くらいの病室です。

 外の景色を伝えてくれる男(A)の話を聴いていた4人はとってもその時間を楽しみにしていました。生きる糧とも言えました。

 しかし、Aが亡くなり、一番端っこでいつもAの立場をやっかみ聞いていたBが、どうしても窓際のベッドに移りたくて、看護師さんに訴え、しめしめと思います。

 Bは壁際のベッドを得たら、その景色を独り占めしようと考えていたのです。
 他のメンバーに語るなんてことは考えてもいませんでした。


 見事に壁際のベッドをせしめたBは痛みをこらえながら、片ひじをついてやっとの思いで身体を半分起こしました。そして窓から外を見たのです。

 そこには、灰色の高い塀が張りめぐらされているだけでした。

 それを見て、Bの頭の中には一瞬にしていろいろな思いが去来します。

 頭が真っ白になると同時に落胆し、「なぜ?」という疑問が浮かび、次にAの思いが強烈に伝わってきました。

 Aは他の4人のひと時の幸せを願って、灰色の壁を見ながらイメージを膨らませて希望を与える話を創作してくれていたのです。それに気づかず、俺は何てことを・・・・と。


 その部屋のベッドで横たわる他の人たちはBに声をかけます。

「な~、その窓からどんな景色が見えるんだい? 子供達はまた来ているかい?」と。

 我に還ってBは語ります。

「おー、今日も子供達が楽しそうに遊んでいるよ。いい天気だから、ボートがたくさん池に出ているぞ。みんな楽しそうだな、幸せそうだな~」

 こう語りながら、Bは胸が熱くなり、嗚咽が漏れるのを必死でこらえるのでした。